STORY
創業ストーリー

24歳で起業。不動産業界での挑戦

創業者・望月は、学生時代から”起業”を念頭に置きながら不動産業界へ就職するも、社会人3年目、24歳にして日京ホールディングスの前身である「株式会社NIKKEI」を設立しました。 それは、当時の不動産業へのアンチテーゼでもあり、自分が正しいと思う道を進む始まりでもありました。

2006年

株式会社NIKKEI設立

手数料でビジネスを行う場合、お客様との知識差が価値になることが多いものですが、不動産業はその典型。粗放な言い方をすれば、「知識の差」が全てと言ってもいいでしょう。
しかし、時はインターネット成熟期。飲食も、物販も、すでにほとんどの業種ではインターネットによるサービスが現れていました。
にもかかわらず当時の不動産業は、不動産会社の店舗に実際に出向き、その店舗が持っている物件情報を確かめるという「足で探す」方法が一般的。その上、「知識の差」「持っている情報の差」を確保するため、お客様にとって不明点を残しておく手法がまかり通っていた時代でした。
しかし、望月にはこれからは不動産業においても「インターネットによる物件探し」、そして情報公開が当たり前になる確信があったのです。

また、創業のきっかけとなったのは仲介手数料の問題もありました。当時の不動産の仲介手数料は、業界一律で「宅地建物取引業法の定める上限」が暗黙の了解となっていました。
「業界内で価格が一律に決まっているのはおかしい。そこは企業努力で下げることができる部分ではないのか」。
そう考えた望月は就職していた会社から独立を決意。現状の問題点の解決、および業界に風穴を開け透明性を確保する手段として、満を持して「不動産サイト」を立ち上げることに。
インターネットで物件探しができれば、店舗設備のコストダウンにつながり仲介手数料を下げることができる。従業員には売り上げよりも「お客様のため」に集中してもらう。
知識差でお客様に対峙しなくても、「この人から買いたい」と思わせる接客力とサービスを行った上で仲介手数料が安ければ、絶対にお客様には満足してもらえる自信がありました。
そこから独立、不動産サイトの先駆けである「横浜スタイル」をリリースまでには時間はかかりませんでした。当初は「常識知らず」「抜け駆け」と叩かれたり、サイトを周知するために社長を含めた当時のスタッフ全員でチラシ配りをしたりしたこともありました。
順風満帆とは言えないもののお客様は少しずつ増加していき、サービス開始から3ヶ月後には、創業メンバーだけでは追いつかないほどに業務が増え、早々に人材募集をすることになったのです。

2008年

リーマン・ショックに襲われ、経営危機に

翌年には「確実にお客様が集まる会社」として業界内でも注目されるようになりました。好意的な取引先が増え、人員の増加は続き、売り上げも上昇。経営は順調に伸びていくように思えたものの……。会社設立から2年目のこの年、100年に一度と言われる世界的な金融危機、いわゆる「リーマン・ショック」が起こります。
未曾有の大恐慌により、日本の金融機関でも不動産向けの融資額が大きく縮小、物件を購入できるお客様が驚くほど少なくなってしまいました。そのあおりを受けて業界は大打撃を受け、もちろんNIKKEIの売り上げもかつてないほど著しく下降。
経済情勢の影響が大きいことは不動産業の宿命。自分たちの企業努力だけではどうにもならないことを痛感した出来事でした。

とはいえ、創業時よりも従業員は増加しています。雇い入れた従業員に給与を出さないわけにはいきません。そこで社長を含めた取締役役員たちは、自分のインセンティブを0にまでカット。その分を従業員への給与として、この苦境を乗り切ったのです。

2009年

新横浜店を設置。確実に業務を拡大。

壁を乗り越え、WEBサイトでの収益化に成功したNIKKEIは、お客様との距離を近くするため、今までよりももっときめ細かいサービスのため、初めての支店となる新横浜店を設置。横浜本店と2店舗体制に移行しました。創業以来変わらぬ「お客様のために」という信念。それを念頭に置いた絶妙な距離感の接客はお客様の支持を集めました。

ある営業マンはお客様の結婚式に呼ばれるほど感謝され、ある営業マンはお客様から叱責されつつ「それでもお前から買いたいんだ!」と言われ購入まで寄り添い続けました。1人のお客様から信用を得れば、そのお客様が他のお客様を紹介してくれます。大きな宣伝はしなくても口コミや紹介で顧客が増え続け、着実に業績を上げていきました。

2011年

新卒採用により「組織づくり」を強化し、急成長を遂げる

設立5年目になった2011年の4月、初めての新卒採用を開始。
それまで自分の業務に夢中だった従業員たちも、新卒採用を機に「より良い組織作り」「働きやすい職場づくり」を意識し始めたのです。
人生の中で「家」は大きな買い物です。「家を売る」ことは、お客様から数千万円もの大金を預かること。大学を卒業したばかりの若者でも、人として信用を得なければいけません。
働きやすい仕組みづくりによって、信頼と担力を育て上げよう。「NIKKEIで育った人間はどこに行っても通用する」。そう言われる人材育成を目指そう。
そうした組織作りの取り組みに呼応するように、新卒で採用された第1期生が活躍し始める頃、事業は飛躍的に成長を遂げていきます。2012年にはWEBサイト「横浜スタイル」の会員が10,000名を突破。決済部を「決済アフターサービス部」へと変更し、営業マンが営業に専念できるような仕組みを開始し、2013年には資本金を増資。
藤沢店、横浜店と次々に店舗をオープンさせ、全4拠点で神奈川の不動産を取り扱うことになりました。

2015年

「お客様を幸せに」から「従業員も一緒に幸せに」へ

ただひたすらお客様の幸せを考えることで着実に拡大していった事業。しかしその分、懸念もありました。店舗が増えればその分情報は離散しがち。顧客対応が店舗によってバラバラになったり、経営理念が表面的なものになったりなどはしないだろうか。不動産は情報が命。情報を一括してとりまとめ、従業員がより業務に集中するためにはひとつの拠点にまとまり、一致団結するべきではないのか。
経営陣は熟考を重ねた末、店舗を統合することを決意。横浜本店を増床し、各店舗に散らばっていた従業員を集結させることに。

外から見れば、それは単なる規模縮小だったかもしれません。しかし、そのことによって従業員に経営理念への理解と共感が生まれ、仕事へのモチベーションがアップ。結果として売り上げ増加につながったのです。この頃から「お客様の幸せが最優先」から「お客様の幸せを追求し、自分たちも幸せになる」という社内文化へと移り変わっていきました。

そして今へ・・・

成長できる環境で目指す「横浜No.1」
新しい発想と自由な想像力を待っています

日京ホールディングスが目指すのは、「横浜No.1」。
平均年齢も若くまだまだ成長途中の会社ですが、高い志を持って積極的に採用活動をしています。
一緒に不動産業界にイノベーションを起こしましょう。

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